長瀞想画
ながとろそうが
明治期の美術教育では、手技や形態把握を重視し模倣を中心とする「臨画教育」が行われていた。その後、洋画家で教育者の山本鼎が子供たちの自発的な表現を尊重する「自由画教育」を提唱し、大正デモクラシーの波に乗って全国に広まる。この潮流は山形県の長瀞小学校にて教員の佐藤文利と国分一太郎の出会いにより発展し、先進的な自由画教育と綴り方教育が融合し、生活感情をありのままに描く「生活画」として花開いた成果は、同校を想画教育日本三大校の一つへと押し上げた。現在も当時の子供たちが描いた想画900点が東根市の有形文化財に指定され、有志で組織する「長瀞小学校想画を語る会」によって大切に保管されている。
参加会場:山形美術館3階(展示)